戦後富山県政史

県政探訪

富山県の翼賛選挙(下)

推薦候補が5人占める 富山県の定数6に推薦候補6人、非推薦候補11人が出馬した翼賛選挙は、政府・軍部の後押しを受ける推薦候補に有利に展開します。投票の結果、富山1区は推薦候補の井村荒喜、中川寛治と非推薦の高見之通が当選しました。富山2区は推...
県政探訪

富山県の翼賛選挙(上)

政府・軍部が露骨に干渉 太平洋戦争の戦時中の昭和17(1942)年4月に行われた総選挙は翼賛選挙と呼ばれ、国家総動員体制を目指す軍主導の政府が、候補選考から選挙運動まで露骨に干渉しました。東条英機内閣が、前年12月8日のハワイ真珠湾への奇襲...
県政のあゆみ

Ⅰ-8、労働組合と2・1ゼネスト

直前にGHQが中止命令 GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が打ち出した占領政策の一つに、労働組合の奨励があります。戦前に弾圧を受けていた労働運動が息を吹き返し、戦前のリーダーを中心に、労組の結成が動き出しました。戦後直後は、軍需工場が生産...
県政のあゆみ

Ⅰ-7、松村、河合の入閣

占領中の国政のかじ取り担う 戦後混乱期の昭和20年代前半、富山県出身の松村謙三と河合良成が入閣し、国政のかじ取りを担いました。戦後直後の東久邇稔彦内閣が発足した昭和20(1945)年8月17日、松村は厚生大臣兼農林大臣で入閣しました。この時...
県政探訪

米騒動に関わった政治家たち(下)

東京で鎮圧に出動、政府批判の弁舌 全国規模の暴動となった米騒動には、東京にいた富山県人たちがそれぞれの立場で関わりました。警視庁の正力松太郎と、院外団で政治活動をしていた土倉宗明です。▽治安維持に暴動鎮圧/警視・正力松太郎 全国に波及した米...
県政探訪

米騒動に関わった政治家たち(上)

行政担当者、現場に居合わせた身として 大正7(1918)年7月、富山県東部の漁村の主婦らがコメの高騰に集団で起こした抗議行動が全国各地に広がりました。大規模な暴動に発展して内閣が総辞職に追い込まれることになった一大事件の米騒動には、のちに政...
県政のあゆみ

Ⅰ-6、戦後初の総選挙

女性含め38人が立候補 昭和21(1946)年4月10日に戦後初の総選挙が行われました。旧憲法下での最後の衆院選で、大選挙区の連記制が取り入れられ、女性の参政権を初めて認めたことが大きな特徴でした。戦後政治のスタートであり、定数6の富山県選...
県政のあゆみ

Ⅰ-5、富山県内の政党支部

県独自の農本党も旗揚げ 昭和20(1945)年11月に各政党が次々に結成大会を開いた全国の流れと呼応し、富山県内でも年末にかけて社会党、共産党と保守系の自由党、進歩党の支部が相次ぎ発足しました。県農業会(後の農業協同組合)を中心とした富山県...
県政探訪

歴代の知事と首相

時代背景を映す 戦後の富山県の知事は、初代の舘哲二から高辻武邦、吉田実、中田幸吉、中沖豊、石井隆一、現在の新田八朗まで7代にわたります。県政は、社会情勢や外交、財政、地方政策に大きく左右されてきました。歴代知事と首相の在任期間を対比すると、...
県政のあゆみ

Ⅰ-4、政党の再建

戦前のリーダー中心に結成 占領軍の指揮の下で政治、経済、社会の民主化が手探りで進められる中、戦後初の総選挙の日程が昭和21(1946)年4月10日に決まりました。総選挙を控え、戦前からの政治のリーダーたちが政党の再建、結成に向けて動きます。...