県政探訪

県政探訪
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富山・高岡の対立(下)富山大経済学部と新産都市

戦後も県政の中心的課題 富山市、高岡市の対立を軸とする県の東西問題は、戦後の富山県政の中心的な課題になりました。予算配分や施設配置の地域バランスを図ることは、均衡ある発展のために必要なことですが、地域エゴや度を越えた誘致活動は、混乱や停滞を...
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富山・高岡の対立(上)博覧会会場を引き合う

根深いライバル意識 戦時中の昭和18(1943)年1月22日、北日本新聞に「富山・高岡の連繋 両市合併の企画」と題した投稿が載りました。筆者は高岡高商教授で法学者の高田源清で、富山市と高岡市が各種の問題につき競争的、闘争的であるとして「相互...
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20年刻みに4つの世代/戦後富山の衆院議員

富山県選挙区から選ばれる衆院議員は、知事と共に県政に大きな影響力を持つキーパーソンです。戦後の衆院議員の顔ぶれは、昭和40年代半ば、昭和末、平成20年代を節目として世代交代し、ほぼ20年単位に大きく入れ替わってきました。昭和20年代のメンバ...
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戦後の教育改革(下)教育委員公選制

3回で制度改正、任命制に 教育改革のもう一つの柱が教育委員会制度の発足です。昭和23(1948)年7月に公布された教育委員会法は、それまでの国―県―市町村の上意下達式の中央集権体制をあらため、教育行政を担う独立した機関として公選制の教育委員...
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戦後の教育改革(上)6・3・3制の学校制度

大混乱の中、新制中学、高校が発足 昭和22(1947)年3月、教育基本法と学校教育法が公布されました。明治以降の基本原理とされてきた教育勅語を廃止して民主主義の教育を理念とし、小学校6年間だった義務教育を3年間延長して中学校を新設、高校3年...
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再び保守分裂の激戦/第2回知事選

爆弾発言も飛び出し混乱 舘哲二の公職追放後に生じた1年間の知事空白期を経て、昭和23(1948)年11月20日に2回目の富山県知事選が行われました。保守系各党は副知事の高辻武邦を推薦しましたが、直前になって保守勢力が分裂、5人の候補による激...
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公職追放の爪あと

絶対権力背景に該当者20万人余り 太平洋戦争の終結後、戦争犯罪者の処罰と合わせ、戦争を指導したと判定された戦前のリーダーたちが公職から追放されました。新憲法の制定や農地改革、財閥解体、労働改革、財閥解体などとともに日本の非軍事化、民主化を目...
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舘哲二と南原繁

人生を決めた同期の忠告 富山県初代の公選知事を務めた舘哲二は、戦前の行政機構だった内務省の官僚出身です。舘が内務省に入ったきっかけは、大学の同期で後に東大総長になった政治哲学の第一人者、南原繁の忠告がきっかけでした。ともに内務省に籍を置き、...
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戦後初の知事選

官僚トップが保守分裂選を制す 昭和22(1947)年4月に行われた戦後初の富山県知事選で初代公選知事に選ばれたのは、戦前の官僚機構トップだった元内務次官の舘哲二でした。自由、進歩両党の候補調整が難航したうえ、結果は保守分裂選挙に突入しました...
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松村農相が手掛けた農地改革

GHQに先立ち政府案まとめる 戦後の民主改革の中でも特筆されるのは農地改革です。地主と小作農という農村特有の長年の慣習的な構造を抜本的にあらためました。当時の農地600万ヘクタールの3分の1を占める小作地が農民に解放され、耕作農民の95%が...