時代背景を映す
戦後の富山県の知事は、初代の舘哲二から高辻武邦、吉田実、中田幸吉、中沖豊、石井隆一、現在の新田八朗まで7代にわたります。県政は、社会情勢や外交、財政、地方政策に大きく左右されてきました。歴代知事と首相の在任期間を対比すると、その時々の時代背景が見えてきます。
▽計画県政がスタート
昭和20(1945)年8月の終戦から戦後初の知事選が行われた22年4月までの約1年8か月間は、政府が任命する官選知事が5人交代で務めました。この間、首相も東久邇稔彦、幣原喜重郎、吉田茂と3人が短期間で入れ替わっています。戦後直後の混乱期でした。
初代公選知事に当選した舘哲二は公職追放に該当し、半年あまりで辞任します。その後任の2代目知事に高辻武邦が選ばれたのは約1年後の23年11月で、長期政権となる吉田茂の第2次内閣が発足したタイミングとほぼ合致します。高辻の2期8年に、総合計画に基づく計画県政が始まりました。吉田首相の6年2か月の政権と重なり、占領期からサンフランシスコ講和条約を経て、日本が独立国家として再スタートした時代にあたります。
▽新産都市計画で大規模開発
3代知事の吉田実は、保守合同の「55年体制」で自民党が発足して間もない昭和31年10月の知事選で初当選しました。吉田の1期目は鳩山一郎、石橋湛山、岸信介政権の時代。2期目からは池田勇人、佐藤栄作首相がけん引した高度経済成長の波に乗って県財政を拡大し、富山高岡新産都市計画に合わせた大規模な地域開発に着手しました。昭和44年からの中田幸吉県政は3期11年で、公害防止策や三七教育の是正など、高度成長から生活重視へ転換を図った時代です。首相は田中角栄、三木武夫、福田赳夫、大平正芳が激しい派閥抗争を繰り広げた「三角大福」の時代にあたります。
中田の死去を受けて昭和55年11月に5代の知事に就いた中沖豊の県政は6期24年の長期にわたり、陸路空路の整備や大型イベント、観光客の誘致などに取り組み、政治情勢に翻弄されながら北陸新幹線建設を目指して多大なエネルギーを費やしました。前半の3期は、バブル経済の活況を背景にした中曽根康弘の長期政権から竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、宮沢喜一へとバトンタッチする中でリクルート事件や佐川急便事件が相次ぎ発覚します。中沖の後半4期目以降は非自民の連立政権時代を経て橋本龍太郎、小渕恵三へと自民党が政権を奪還した時代です。衆院選に小選挙区比例代表並立制が導入されて政治環境が一変し、知事と国会議員の力関係にも影響しました。
▽北陸新幹線が開業
中沖の跡を継いだ石井隆一の県政は平成16年11月から4期16年続きます。小泉純一郎政権の郵政民営化から安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と自民党政権の混迷が続き、石井が2期目の平成21年に政権交代で自民党が下野し、民主党の鳩山由紀夫政権が誕生しました。石井の後半3期、4期目は第二次安倍政権の自民党1強時代と重なります。北陸新幹線が金沢まで開業し、富山―東京が2時間あまりで結ばれました。
知事選で石井を制した新田八朗は令和2年に就任し、現在2期目になります。首相は菅義偉、岸田文雄、石破茂、高市早苗と続いています。
【戦後富山県知事の在任期間と首相】
・官選知事/昭和20年―22年4月19日
首相・東久邇稔彦、幣原喜重郎、吉田茂
・舘哲二/昭和22年4月19日―11月15日(1期途中で公職追放)
首相・吉田茂、片山哲
・高辻武邦/昭和23年11月23日-31年9月30日(2期8年)
首相・吉田茂、鳩山一郎
・吉田実/昭和31年10月1日―昭和44年12月1日(4期13年)
首相・鳩山一郎、石橋湛山、岸信介、池田勇人、佐藤栄作
・中田幸吉/昭和44年12月30日―55年9月18日(3期11年)
首相・佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸
・中沖豊/昭和55年11月11日―平成16年11月8日(6期24年)
首相・鈴木善幸、中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、宮沢喜一、細川護熙、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎
・石井隆一/平成16年11月9日―令和2年11月8日(4期16年)
首相・小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦、安倍晋三、菅義偉
・新田八朗/令和2年11月9日―
首相・菅義偉、岸田文雄、石破茂、高市早苗

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