2026-05

県政のあゆみ

Ⅰ-11、一斉選挙 参院選(4月20日)

石坂6年議員、小川3年議員に当選 戦後の国会に設けられた参議院の初めての選挙は、定数100の全国区と150の地方区に分かれ、得票上位の任期6年議員と、下位の3年議員が半数ずつ選ばれました。富山県の地方区には定数1に3人が出馬し、保守系を一本...
県政探訪

松村農相が手掛けた農地改革

GHQに先立ち政府案まとめる 戦後の民主改革の中でも特筆されるのは農地改革です。地主と小作農という農村特有の長年の慣習的な構造を抜本的にあらためました。当時の農地600万ヘクタールの3分の1を占める小作地が農民に解放され、耕作農民の95%が...
県政のあゆみ

Ⅰ-10、一斉選挙 市町村長、市町村議選(4月5日、30日)

富山市長に尾山三郎、高岡市長に武田儀八郎 戦前の制度では、市長は市議会の推薦を受けて内務大臣が選任しました。町村長は町村議会が選出して知事の認可を受けることになっていました。地方自治法の制定で、市長も町村長も住民から直接選挙で選ばれることに...
県政のあゆみ

Ⅰ-9、一斉選挙 知事選(4月5日)

初代公選知事に舘哲二 新憲法の制定とともに地方自治法など各種の法令が再整備されました。国会が衆議院と参議院の2院制になり、知事や市町村長が公選制になります。これに合わせて昭和22(1947)年4月に各種選挙が集中して行われ、これが統一地方選...
県政探訪

富山県の翼賛選挙(下)

推薦候補が5人占める 富山県の定数6に推薦候補6人、非推薦候補11人が出馬した翼賛選挙は、政府・軍部の後押しを受ける推薦候補に有利に展開します。投票の結果、富山1区は推薦候補の井村荒喜、中川寛治と非推薦の高見之通が当選しました。富山2区は推...
県政探訪

富山県の翼賛選挙(上)

政府・軍部が露骨に干渉 太平洋戦争の戦時中の昭和17(1942)年4月に行われた総選挙は翼賛選挙と呼ばれ、国家総動員体制を目指す軍主導の政府が、候補選考から選挙運動まで露骨に干渉しました。東条英機内閣が、前年12月8日のハワイ真珠湾への奇襲...
県政のあゆみ

Ⅰ-8、労働組合と2・1ゼネスト

直前にGHQが中止命令 GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が打ち出した占領政策の一つに、労働組合の奨励があります。戦前に弾圧を受けていた労働運動が息を吹き返し、戦前のリーダーを中心に、労組の結成が動き出しました。戦後直後は、軍需工場が生産...
県政のあゆみ

Ⅰ-7、松村、河合の入閣

占領中の国政のかじ取り担う 戦後混乱期の昭和20年代前半、富山県出身の松村謙三と河合良成が入閣し、国政のかじ取りを担いました。戦後直後の東久邇稔彦内閣が発足した昭和20(1945)年8月17日、松村は厚生大臣兼農林大臣で入閣しました。この時...
県政探訪

米騒動に関わった政治家たち(下)

東京で鎮圧に出動、政府批判の弁舌 全国規模の暴動となった米騒動には、東京にいた富山県人たちがそれぞれの立場で関わりました。警視庁の正力松太郎と、院外団で政治活動をしていた土倉宗明です。▽治安維持に暴動鎮圧/警視・正力松太郎 全国に波及した米...
県政探訪

米騒動に関わった政治家たち(上)

行政担当者、現場に居合わせた身として 大正7(1918)年7月、富山県東部の漁村の主婦らがコメの高騰に集団で起こした抗議行動が全国各地に広がりました。大規模な暴動に発展して内閣が総辞職に追い込まれることになった一大事件の米騒動には、のちに政...