県政のあゆみ

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Ⅱ―12、追放解除組3人が当選/27年10月総選挙

1区松岡、2区松村、河合 昭和26年9月のサンフランシスコ講和条約発効後、日本が占領期から脱して初めての国政選挙となる総選挙が27年10月1日に行われました。吉田茂内閣与党の自由党内では、吉田支持派と鳩山一郎を中心とする反吉田派との対立が先...
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Ⅱ―11、改進党の結成

追放解除の松村が幹事長 昭和24(1949)年の総選挙で単独過半数を得た民自党の吉田茂は第3次の内閣を発足させ、27年総選挙まで3年8か月に及ぶ長期政権を築きます。この間、東西冷戦が激化して朝鮮戦争が勃発します。GHQ内部の闘争が繰り広げら...
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Ⅱ-10、総合開発計画の策定

計画県政のスタート 敗戦後の経済復興、生活再建を目指す戦後日本社会の指針となる国土総合開発法が昭和25(1950)年に施行されました。これに呼応して富山県では、全国の都道府県に先駆けて26年6月、県条例による県総合開発審議会を立ち上げ、総合...
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Ⅱ―9、新人31人当選、戦前議員が姿消す/26年県議選

自由党が躍進、県議会第1党に 戦後2回目となる昭和26(1951)年4月の富山県議選は、民自党が躍進した前回総選挙の流れを色濃く反映し、自由党が第1党の座を獲得します。前回県議選で第1党だった富山県独自の政党・農本党は消滅し、多くの所属議員...
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Ⅱー8、富山市長の尾山が初当選/25年参院選

26年補選で舘が復帰 戦後2回目の参院選は昭和25(1950)年6月に行われ、1回目の参院選で当選した全議員の半数にあたる任期3年の125議席が改選になりました。富山選挙区は3年議員の小川久義が改選を迎えました。現職の小川は告示直前に全国区...
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Ⅱ-7、民自党躍進、県内半数占める(24年総選挙)

1区に新人、内藤隆当選 片山哲内閣を引き継いで社会、民主、国協の3党連携を維持した民主党の芦田均内閣も、7か月余りの短命に終わります。主な原因は、化学肥料メーカー・昭和電工が復興金融公庫から資金を借りようとして政府要人に贈賄した疑惑の浮上で...
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Ⅱ-6、混乱の中、公安条例制定

満員の傍聴席に赤旗林立 昭和24(1949)年7月の富山県議会では「多衆運動に関する条例」、いわゆる公安条例の制定をめぐる混乱がありました。デモや集会などの多衆運動を行うときは、あらかじめ公安委員会の許可を受けなければならないことなどを定め...
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Ⅱ-5、予算1億円を減額修正

例のない規模、県議会が押し切る 高辻が知事に当選して迎えた初年度の昭和24年度予算案をめぐり、24年3月県議会が紛糾しました。議会が教育費の人件費削減などで予算の大幅減額を要求し、当局側と徹夜の折衝を続けた結果、1億円近い大修正が行われまし...
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Ⅱ-4、交換謝金、県幹部が引責辞任

ヤミ給与の慣習にメス 昭和22(1947)年12月、地方行政を強力に統括してきた内務省が廃止され、県や市町村の独立、民主化が具体化していきます。警察法の施行で、国に統一されていた警察は国家地方警察と自治体警察に分かれました。教育事務を独立し...
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Ⅱ-3、公選2代目の高辻知事

保革5人の争い制す 富山県の初代公選知事に当選した舘哲二が公職追放された昭和22(1947)年秋から、知事の職務は副知事の高辻武邦が代行しました。高岡市伏木出身の高辻は、官選時代の大阪府知事を務めた元官僚です。同じ内務官僚の舘に富山県に迎え...