2026-07

県政探訪

20年刻みに4つの世代/戦後富山の衆院議員

富山県選挙区から選ばれる衆院議員は、知事と共に県政に大きな影響力を持つキーパーソンです。戦後の衆院議員の顔ぶれは、昭和40年代半ば、昭和末、平成20年代を節目として世代交代し、ほぼ20年単位に大きく入れ替わってきました。昭和20年代のメンバ...
県政のあゆみ

Ⅱ―9、新人31人当選、戦前議員が姿消す/26年県議選

自由党が躍進、県議会第1党に 戦後2回目となる昭和26(1951)年4月の富山県議選は、民自党が躍進した前回総選挙の流れを色濃く反映し、自由党が第1党の座を獲得します。前回県議選で第1党だった富山県独自の政党・農本党は消滅し、多くの所属議員...
県政の記憶

向井英二さん追悼座談会(下) 高岡市長選 誤算だった橘さんの擁立

C 平成15(2003)年春の富山県議選で向井さんは7期目の当選を果たします。一方、翌16年5月に任期満了を迎える地元高岡市の佐藤孝志市長の動向が注目されていました。向井さんは支持する市議を集めて政策研究会を組織するなど、市長選出馬の足場固...
県政のあゆみ

Ⅱー8、富山市長の尾山が初当選/25年参院選

26年補選で舘が復帰 戦後2回目の参院選は昭和25(1950)年6月に行われ、1回目の参院選で当選した全議員の半数にあたる任期3年の125議席が改選になりました。富山選挙区は3年議員の小川久義が改選を迎えました。現職の小川は告示直前に全国区...
県政の記憶

向井英二さん追悼座談会(上) 自民県連幹事長で一時代を築く

高岡市選出の元自民党富山県議で、県議会議長や党富山県連幹事長を歴任した向井英二さんが6月8日、80歳で逝去されました。自民党県連幹事長時代は、党員組織率日本一の自民党王国を率いて予算要求や議会改革に手腕を見せ、若手県議を国政選候補に抜擢する...
県政のあゆみ

Ⅱ-7、民自党躍進、県内半数占める(24年総選挙)

1区に新人、内藤隆当選 片山哲内閣を引き継いで社会、民主、国協の3党連携を維持した民主党の芦田均内閣も、7か月余りの短命に終わります。主な原因は、化学肥料メーカー・昭和電工が復興金融公庫から資金を借りようとして政府要人に贈賄した疑惑の浮上で...
県政探訪

戦後の教育改革(下)教育委員公選制

3回で制度改正、任命制に 教育改革のもう一つの柱が教育委員会制度の発足です。昭和23(1948)年7月に公布された教育委員会法は、それまでの国―県―市町村の上意下達式の中央集権体制をあらため、教育行政を担う独立した機関として公選制の教育委員...
県政のあゆみ

Ⅱ-6、混乱の中、公安条例制定

満員の傍聴席に赤旗林立 昭和24(1949)年7月の富山県議会では「多衆運動に関する条例」、いわゆる公安条例の制定をめぐる混乱がありました。デモや集会などの多衆運動を行うときは、あらかじめ公安委員会の許可を受けなければならないことなどを定め...
県政探訪

戦後の教育改革(上)6・3・3制の学校制度

大混乱の中、新制中学、高校が発足 昭和22(1947)年3月、教育基本法と学校教育法が公布されました。明治以降の基本原理とされてきた教育勅語を廃止して民主主義の教育を理念とし、小学校6年間だった義務教育を3年間延長して中学校を新設、高校3年...