Ⅱー8、富山市長の尾山が初当選/25年参院選

26年補選で舘が復帰

 戦後2回目の参院選は昭和25(1950)年6月に行われ、1回目の参院選で当選した全議員の半数にあたる任期3年の125議席が改選になりました。富山選挙区は3年議員の小川久義が改選を迎えました。

現職の小川は告示直前に全国区への出馬に転換します。自由、民主、国民民主の保守3派は、連携して公選初代富山市長の尾山三郎を擁立します。無所属で立候補した尾山は22万3000票あまりを得て、社会党の宮本巳之吉、緑風会の平岡ハツエ、共産の村上虎雄を制して圧勝しました。

前回、中道政党の国民協同党に所属し、県内では農本党として当選した小川は、国民協同党と民主党とで結成されたばかりの国民民主党から出馬する構えでしたが、無所属に切り替えて全国区に出ます。富山選挙区の尾山と連動した選挙運動が功を奏し、県内で票を固めて3年議員に当選しました。小川が獲得した14万8000票余りのうち、県内の得票が13万8000票を占めました。

共産党の細川嘉六も全国区で再選を果たしました。

前回富山選挙区に社会党から出馬した海老名一雄は今回、全国区から緑風会で出ましたが、3万票あまりと振るわず落選しました。

初当選の尾山は富山市議、県議合わせて40年以上務めた旧政友会のベテラン地方政治家です。キャリア、実力とも十分とみられていましたが、当選して1年あまりで病に倒れ、死去します。

尾山の欠員に伴う26年11月の補欠選挙は、公職追放が解除されて復帰した初代公選知事の舘哲二が自由、民主両党に推されて無所属で出馬しました。社会党は候補擁立を見送り、共産党がぎりぎりになって急きょ、県委員長の巴陵宣正を立てて選挙戦になりましたが、舘が圧勝します。有権者の関心は高まらず、投票率は48.2%と低迷しました。

第2回参院選富山選挙区/昭和25(1950)年6月4日
223,380尾山三郎61無所属
 105,243宮本巳之吉43日本社会党
 84,436平岡初枝58緑風会
 18,054村上虎雄48日本共産党

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