県政の記憶

向井英二さん追悼座談会(上) 自民県連幹事長で一時代を築く

高岡市選出の元自民党富山県議で、県議会議長や党富山県連幹事長を歴任した向井英二さんが6月8日、80歳で逝去されました。自民党県連幹事長時代は、党員組織率日本一の自民党王国を率いて予算要求や議会改革に手腕を見せ、若手県議を国政選候補に抜擢する...
県政のあゆみ

Ⅱ-7、民自党躍進、県内半数占める(24年総選挙)

1区に新人、内藤隆当選 片山哲内閣を引き継いで社会、民主、国協の3党連携を維持した民主党の芦田均内閣も、7か月余りの短命に終わります。主な原因は、化学肥料メーカー・昭和電工が復興金融公庫から資金を借りようとして政府要人に贈賄した疑惑の浮上で...
県政探訪

戦後の教育改革(下)教育委員公選制

3回で制度改正、任命制に 教育改革のもう一つの柱が教育委員会制度の発足です。昭和23(1948)年7月に公布された教育委員会法は、それまでの国―県―市町村の上意下達式の中央集権体制をあらため、教育行政を担う独立した機関として公選制の教育委員...
県政のあゆみ

Ⅱ-6、混乱の中、公安条例制定

満員の傍聴席に赤旗林立 昭和24(1949)年7月の富山県議会では「多衆運動に関する条例」、いわゆる公安条例の制定をめぐる混乱がありました。デモや集会などの多衆運動を行うときは、あらかじめ公安委員会の許可を受けなければならないことなどを定め...
県政探訪

戦後の教育改革(上)6・3・3制の学校制度

大混乱の中、新制中学、高校が発足 昭和22(1947)年3月、教育基本法と学校教育法が公布されました。明治以降の基本原理とされてきた教育勅語を廃止して民主主義の教育を理念とし、小学校6年間だった義務教育を3年間延長して中学校を新設、高校3年...
県政のあゆみ

Ⅱ-5、予算1億円を減額修正

例のない規模、県議会が押し切る 高辻が知事に当選して迎えた初年度の昭和24年度予算案をめぐり、24年3月県議会が紛糾しました。議会が教育費の人件費削減などで予算の大幅減額を要求し、当局側と徹夜の折衝を続けた結果、1億円近い大修正が行われまし...
県政探訪

再び保守分裂の激戦/第2回知事選

爆弾発言も飛び出し混乱 舘哲二の公職追放後に生じた1年間の知事空白期を経て、昭和23(1948)年11月20日に2回目の富山県知事選が行われました。保守系各党は副知事の高辻武邦を推薦しましたが、直前になって保守勢力が分裂、5人の候補による激...
県政のあゆみ

Ⅱ-4、交換謝金、県幹部が引責辞任

ヤミ給与の慣習にメス 昭和22(1947)年12月、地方行政を強力に統括してきた内務省が廃止され、県や市町村の独立、民主化が具体化していきます。警察法の施行で、国に統一されていた警察は国家地方警察と自治体警察に分かれました。教育事務を独立し...
県政探訪

公職追放の爪あと

絶対権力背景に該当者20万人余り 太平洋戦争の終結後、戦争犯罪者の処罰と合わせ、戦争を指導したと判定された戦前のリーダーたちが公職から追放されました。新憲法の制定や農地改革、財閥解体、労働改革、財閥解体などとともに日本の非軍事化、民主化を目...
県政のあゆみ

Ⅱ-3、公選2代目の高辻知事

保革5人の争い制す 富山県の初代公選知事に当選した舘哲二が公職追放された昭和22(1947)年秋から、知事の職務は副知事の高辻武邦が代行しました。高岡市伏木出身の高辻は、官選時代の大阪府知事を務めた元官僚です。同じ内務官僚の舘に富山県に迎え...