ヤミ給与の慣習にメス
昭和22(1947)年12月、地方行政を強力に統括してきた内務省が廃止され、県や市町村の独立、民主化が具体化していきます。警察法の施行で、国に統一されていた警察は国家地方警察と自治体警察に分かれました。教育事務を独立して管理する新たな機関として教育委員会制度が設けられ、県と市町村の教育委員は住民から直接選挙で選ばれることになります。地方財政法や地方公務員法も制定され、地方行政制度の抜本的な改革が段階的に進められました。新制度への過渡期、行政事務や議会の現場は混乱し、富山県政のさまざまな問題が起こりました。
▽職員組合が内部告発
副知事の高辻武邦が知事を代行していた23年2月、県庁の予算から幹部や担当者に謝礼として金一封を贈り交換する慣習がある、と県職員組合青年部が内部告発し、大きな問題になりました。職務手当や特別勤務手当の性格を持ち、県庁内では「謝金」と呼ばれていました。
県議会が真相究明に乗り出し、臨時議会を開いて担当者や県職組の代表から事情聴取を行いました。脱税容疑で税務署、地方財務局、検察庁などの調査を受け、同様の支給をしていた他府県へも波及します。連日新聞報道されて世論の反応は厳しく、高辻と責任者の出納長、総務部長が辞意を表明する事態に陥りました。
表に出ない費目で予算から支出し、職員にヤミ給与を流す不明朗な慣習でした。もらえる者が幹部クラスに限られていることも内部告発を引き起こした要因とみられます。総額500万円を約1000人の職員に支給していたことが明らかになりました。
高辻は臨時議会で「交換謝礼金は、実際の性質は職務手当のごときもので、いわゆる実費弁償の意味を含んでいる。事務の内容によって差があるので支給の均衡を失している点もあり、対象者のうち約50人に自発的に返納させる」と説明しました。県職員組合の竹島斉委員長は「不明朗な金が何の不思議もなく支出されているという従来の官僚機構をあらためるのが最大の急務」と県庁の民主化を主張しました。
告発を機に、交換謝金は廃止されました。出納長と総務部長が引責辞任し、高辻は慰留されて引き続き知事職を代行します。不正支出だとして告訴された高辻は、23年11月の知事選で当選した後、不起訴となりました。

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