県政のあゆみ

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Ⅰ-7、松村、河合の入閣

占領中の国政のかじ取り担う 戦後混乱期の昭和20年代前半、富山県出身の松村謙三と河合良成が入閣し、国政のかじ取りを担いました。戦後直後の東久邇稔彦内閣が発足した昭和20(1945)年8月17日、松村は厚生大臣兼農林大臣で入閣しました。この時...
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Ⅰ-6、戦後初の総選挙

女性含め38人が立候補 昭和21(1946)年4月10日に戦後初の総選挙が行われました。旧憲法下での最後の衆院選で、大選挙区の連記制が取り入れられ、女性の参政権を初めて認めたことが大きな特徴でした。戦後政治のスタートであり、定数6の富山県選...
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Ⅰ-5、富山県内の政党支部

県独自の農本党も旗揚げ 昭和20(1945)年11月に各政党が次々に結成大会を開いた全国の流れと呼応し、富山県内でも年末にかけて社会党、共産党と保守系の自由党、進歩党の支部が相次ぎ発足しました。県農業会(後の農業協同組合)を中心とした富山県...
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Ⅰ-4、政党の再建

戦前のリーダー中心に結成 占領軍の指揮の下で政治、経済、社会の民主化が手探りで進められる中、戦後初の総選挙の日程が昭和21(1946)年4月10日に決まりました。総選挙を控え、戦前からの政治のリーダーたちが政党の再建、結成に向けて動きます。...
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Ⅰ-3、官選知事

めまぐるしく5人交代 昭和20(1945)年8月15日正午、天皇が終戦の詔書を読み上げた「玉音放送」が流され、太平洋戦争の終わりを告げました。その後、新憲法、地方自治法が制定されて新しい知事や県議会議員が選ばれることになりますが、それまでは...
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Ⅰ-2、翼賛選挙

非推薦の当選は高見一人だけ 戦時中最後の衆院議員選挙は昭和17(1942)年4月30日に行われました。この選挙は、東条英機内閣が結成した翼賛政治体制協議会(翼協)が候補者を推薦する形式が取り入れられ、選挙運動に政府や軍部が露骨に介入したこと...
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Ⅰ-1,官選知事から舘県政

戦後政治の出発点 最初の時代区分として、終戦から第1回知事選が行われた昭和22(1947)年4月までの期間を扱います。それまでは政府が任命する官選の知事でしたが、戦後は公選制に変わります。初の知事選を経て、公選初代知事に舘哲二が就きました。...
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県政のあゆみ  はじめに

知事の在任で時代を区分 富山県政の戦後の歩みをたどります。戦後を対象にするのは、ポツダム宣言を受け入れて太平洋戦争が終わった昭和20(1945)年8月を機に、日本の社会の仕組みや価値観が大きく転換したからです。 それまでのすべてが断ち切られ...